ふと気が付けば我が人生も随分なトコロに来たなあ(笑)と思いまして、今回は記憶のハッキリしてるうちに回想録なぞを(爆)。
部活とバイクとクルマに明け暮れた10代、アフターファイブと酒とクルマに明け暮れた20代、仕事と趣味と、やっぱりクルマに明け暮れてる30代(笑)と、とにかくクルマ漬けな人生でございました。
そしてこれからも確実にその路線なのは言うまでもありません。
ヨンク生活はもう既にライフワーク、自分ちの冷蔵庫の食料を上から順に紹介するようなモノなので、今回は組長の青春(笑)を駆け抜けた「クロカンじゃないクルマ」を振り返ってみたいなと思います。
〜無免許時代(爆)〜
大きな声では言えませんが、中学2年からクルマには乗ってました。もう時効だと思いますけど(笑)。
実の親父が商売をしていたのでその手伝いに一週間に一度、問屋まで夜中の配達に行っておりました。三郷市から錦糸町まで往復1時間ぐらいだったでしょうか?倉庫に荷物を卸して帰るだけなので誰にも遭いません。運転よりも満載してる荷降しがマジで辛かったです。
当時の愛車?は「いすゞエルフフラットロー2.0tロング」もちろんMTでディーゼルです。
親父の英才教育?の賜物で、一度も当局に止められたことはありませんでした。
〜あっという間の初心者時代〜
そんなワタシでも奇跡的に無事18歳で四輪免許をゲット出来ました。2輪免許は持っていたので、若干は短縮されましたが仮免を取ったらもうチンタラした教習が我慢が出来ず、そのまま試験場へ。教習所の通りに走ったら一発で合格できました。
路上教習をパスって浮いたカネ+アルバイト代で初めて買ったクルマはなんと、「シトロエンGS」です。
コレがなんとも悲運なクルマで、その所有期間はたった3日です(笑)。
栃木県小山市の解体屋兼中古車みたなトコロで車検がまだ半年残っているGSを購入。嬉しさのあまり名変も終わってないのに乗り出して当時付き合っていた彼女と堤防の上をドライブ中、前から来た建設省のジープJ36と擦れ違えず土手下に転落して横転。

十分に通れる巾はあったのに、今でも不思議な出来事です(笑)。
そのまま廃車、待望のクルマは無くなり親父に殴られ(笑)、彼女の父親には殴られ(時代だなあ)、とにかくキョーレツに凹みました。
〜117と共にあった学生時代〜
そんなバカ息子を多少は哀れに思ったのか、親父が拾って来たような117クーペを与えてくれました。お代は夏休み中の配達全てという厳しいものでしたが、とにかくまた自分のクルマが持てる!(トラックはクルマだとは思ってないので)ので、すごく嬉しかったですねえ。

実は117は自分の感性と言うか、何か自分の基準になるようなトコロにピッタリな操縦フィールで、初代、2代目と2台も乗り継ぎました。
リアがリーフでリジッドアクスルだったからかしら?(笑)
親父がくれた初代はなんとも表現しがたいくすんだ赤で、どう見てもオレンジ(笑)のXCでしたが、学生の身分では十分なシロモノです。
あっちこち走り回り、ついにフロントのダブルウイッシュボーン下側のシャシ側ブラケットがモゲ落ちてジ、エンド。
2代目は中古車屋で購入。XGというツインカムG200が載った走りグレードです。キレイなシルバーだったのですけど、何だかパッとしない(と親父が言うので)のでそのまま塗装屋さんへ納車(笑)。
わざわざ取り寄せたフェラーリ純正色の赤で再塗装しました。正直、親父の趣味に強引に合わされたカンジでしたけど、購入代金の半分以上は出してもらったので文句は言えません、というかありません(笑)。
もちろん、アルバイト代は全てこのクルマのガソリン代と改造費に費やしました。今とヤッテル事はそう変わりませんね(笑)。
この117は10万キロ以上乗り回して、学生時代の終焉を飾るイロイロな思い出を作ってくれました。散々弄繰り回したツケがエンジンブロックの割れとなり、無理と無知の結果の果てを身をもって教えてくれたクルマです。
〜初めての新車AW11時代〜
さて、社会人になり就職も決まり、ブローした117を起すよりも借金して新車を買おう!と気持ちも大人に決意して買ったのが、「MR2通称AW11」です。既に走り屋の世界に首まで突っ込んでいたので、大して巧くないくせにリアタイヤが駆動されることは絶対条件で、当時1800だったS13よりもずっと速そうに見えたのです。
安っぽくてFXの流用パーツなのに、乗り出し250万ぐらいしました。

お決まりのスーパーチャージャーのプーリー交換から始まって、足回り、LSDと一通りヤっておりました。外観以上に重たいクルマでそんなに速くは無かったけど、中速から高速コーナーが決まった時はホントに気持ちよかったなあ〜。Tバーを選んだのは今も悔やむ一生の不覚です(爆)。
当時ギャラリーの集まっていた某千葉の食品コンビナートで事故大破。その後も奇跡の修理で復活するも、やはりボディがダメで真っ直ぐ走らないクルマになってしまい、ノーマルに戻して次のレガシィの下取りに。
〜レガシィに摂り憑かれた時代〜
もうちょっと落ち着いた車に乗りたくて、スバルのディーラーへ流行のレガシィツーリングワゴンを見に行った時、カタログとは言えない一枚の紙切れが目に止まりました。レガシィRS-Rです。衝撃でした。
パッと見た目は只の安いグレードの4ドアレガシィですが、実際はラリーベース車で各部に補強が施してあり、エンジンも220馬力とリッター100馬力を超えるハイチューニングバージョンが載っておりました。今では有名で当たり前ですが、当時は聞いたことが無いSTIというメーカー直系のチューニングマシンが、なんと合法的に買えるという事がスバらしく魅力的で、即、ホント即決で注文を入れました。色は設定がシロのみ。迷う必要も時間もナシです。ロールバーとタワーバー、リア強化LSDと強化センターデフ、120wのヘッドランプ、アルミホイルレスをオプションで選んで総額は300万にちょっと足りないぐらい。
その後、都内のディーラーでは扱えないだとかSTIからはライセンスを見せろとか、イロイロとありましたが約3ヵ月待ちで納車に。

足回りの交換とROMチューンだけでサーキットでも十分勝てたこのクルマも、R32GT−Rのチューニングが進むにつれチカラの差は歴然に。そうなるといつもの”イジリ倒し病魔”が襲うという悪循環の発生でございます(笑)。
今ではレガシィもインプレッサもパーツが豊富にありますけど、当時はSR系になったPS13とR32、fc3cがメインにノサばる(爆)時代で、マトモなパーツがありません。チューニングショップもレガシィなんて弄れないと断るトコロが殆どで、かろうじてワンオフ現物合わせで作る小さな町工場のようなショップでお願いするのがやっとです。
それでもステンタコ足にTD05タービン、ウエストゲート、追加IJにサブCP、GT−R用インタークーラーと、とにかく32Rの前を走りたくて走りたくて、給料の殆どを注ぎ込みました。
まだ空いていた湾岸線がセッティングの場所で、5速踏み切りでレビック(懐かし〜)のツマミをコチョコチョやっていたなんて今では危なすぎて考えられません。
ちょっと経って出てきたRS−RAというクロスミッションを搭載したベース車です。

コイツのミッションを手に入れたくて、STIと何度も交渉した結果、ナンバーを切るなら(つまり公道を走らないなら)売ってもいいと言うことで一度抹消登録をしたことがありました。勿論、ミッションを手に入れた後に再び登録しなおしましたけど(爆)。
そこまでして手に入れたクロスミッションは、TDタービンチューンドエンジンには逆に繋がりが悪くて5速も早々に吹け切ってしまい、結局ノーマルミッションに載せ替えとなってしまいましたけど(笑)。
素直にGT−Rに乗り換えていれば、こんなに散財する事も無かったかも、、、と深く反省を促される一方で、ターボセッティングの奥深さと難しさを教えてくれたクルマです。決まった時のあの「暴力」とも言える加速は本当に”麻薬”でした。マイナーなクルマゆえに「プジョーかい?」と聞かれることも多々ありましたけど(笑)。
このレガシィでは考えうる事は全てやるだけやったので、いい加減半分以上シラけていた走り屋趣味に終止符を打つ事が出来ました。
民間の修理工場で「これはもう車検に通らないよ」と言われてどうしようか考えている時に、レース活動をしたいから、というタイミングよく現れた後輩に格安譲渡。スゴイ補強のボディなのでエンジンをノーマルに戻し、足回りを変えてしばらくダートラを走っていたようですが、時代はもうインプレッサやランエボに変わっていまして、そんなに好成績は残せなかったようです。
その後はどうなったか解りません。
〜最後のバブル時代〜
さて世の中はバブルも弾けて久しい頃、ワタシのクルマは既に「ランクル80GX(笑)」のみとなりまして、クルマ趣味には一応終止符を打ったと思い込み、スノボやカヌーに東奔西走している頃、環七のポルシェディーラーで見た928S4が目に付きました。
それは知り合いの問屋の社長のクルマで、下品な羽根とバーフェン(爆)に見覚えがあったのです。確か1000キロぐらいしか走ってないバリモノのはずで、値札は出てません。社長がカネに困って売ったのか?と思ってましたけど、実は置き場に困って預けてあるクルマだったのです。
何となく話の弾みでワタシが乗ることになり、かなり格安(といっても3本以上ですが)で譲って貰う事に。
なんと半分は成り行きですが、三郷のバカあんちゃんがポルシェのオーナーになってしまったのです!(笑)。
下品な(爆)羽根とバーフェン、エアロパーツは全て外して純正ホイールをディーラーに探してもらい、キッチリとノーマルに戻してもらいました。そう、もうチューンドには懲り懲り(笑!)だったので。

さすがは928S4で、荒れた横羽線でも200以上をキープして走れます。しかも柔らかい乗り心地も維持したまま、なんの不安も無く高速レーンチェンジできるのです。
街乗りでも思った以上に見切りがイイので、左ハンドルという点を除けば取り回しに苦労することはありません。
今まで散々苦労してやってきたことが、全て洗練されてココにあるカンジでした。
しかし、このクルマも不遇で1年も乗らずに手元を離れてしまいました。
ハジけたバブルの影響は関係ないと思っていた我が家も直撃しました。親父の会社がいよいよヤバくなり、密かに役員だったワタシもそろそろ年貢を納める時が来てしまい(笑)、928S4は見知らぬコワモテのオジサンに引き取られてしまいました。
まだ残債のあった「ランクル80GX(笑)」も某有名ローン会社が来て、まとめて払うからと言ってるのに聞く耳持たず持っていってしまいました。
ボコボコなのにイイのだろうか?と逆に心配しましたが(笑)。
そして住む所さえ追われたワタシは自分の分(だとされる)シャレにならない額面の借金を抱えたまま、勤めていた某企業を辞めて栃木の山奥へ”疎開”することになってしまったのです(笑)。あ、笑えないか(爆)。
さて、クルマどころじゃなくなった組長、まずは住むところと明日の飯、それと膝が笑っちゃうほど莫大な借金をどう返すか、です!
脱線後、どんどん豪快に線路から外れていく我が人生列車ですが(笑)悲惨な気分には全然なり(れ)ません。
あまりにお気楽な我が思考には呆れますけど、それを支えてくれた上を行くおバカな友人達にかなり助けられたのも事実。
田舎バージョンのクルマ趣味生活は更に続きます!
組長のクルマ達2に乞うご期待!
しかしオレって、ホントにバカだなあ(笑)。
- 2007/09/14(金) 11:59:25|
- クルマ遍歴(変歴?)
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