〜栃木独身(貴族?)時代〜
さて、そんなワケで栃木の山奥にスッコんだ組長ですが、自分の人生を振り返ってじっと手を見ることもうなだれることもまるで無く(笑)、美味しい空気と暇に任せて昼に夜にとせっせと働き始めました。
自分が作った借金ではないのでイロイロな機関に相談に行ったりもしましたが(おかげでヤバイ方面にも随分顔が広くなりました)、それでもやはりどうしても返さなければならないトコロもありまして、オウチがタッちゃうぐらいのお金は自力で稼がなければなりません。
3年以内、という柱を自分にブッ立て頑張ってみました。頑張ると言うと偉そうですが、実際はもっとグタッとナントナクなのです(笑)。
それなりに働くにはどうしても車が必要な土地柄ですので、とりあえずは岐阜の親戚の家に預けていた父のアシ車150系カリーナGTを引き取って乗っていました。

密かに4AGエンジン、5MTで速いのです。
FFですが実によく出来てない(笑)のでタックイン癖が強く、4AGの乾いた排気音と共に楽しいクルマでした。
残務整理で栃木〜東京を何度も往復しなければならなかったので、速くて楽しいこのクルマにはカナリ救われました。
夜のお仕事(残念ながらイカガワシクありません)にも4ドアということで重宝しましたし、燃費も良かったので借金大王(爆)には最適です。
しかし、ジープJ24購入の為に友人のオヤッサンに譲渡。あの頃は2台所有なんてまず無理でしたから。
昼夜の仕事も慣れて稼ぎも安定してきた栃木2年生の頃、ジープの他にも何かクルマが欲しいなと悪いオシリカジリムシの囁きに負けて購入したのが「Y30バン」です(笑)。

勿論、バン(貨物)でディーゼルでRD28(笑)なので、維持費はジープ並みに安いのですけど、ポンプの調子がイマヒトツなのか黒煙番長で何度も修理しました。おかげで噴射ポンプの構造を理解できましたが(笑)。購入価格は、たしか20万ぐらい。もちろん現状渡しで車検もなし。
写真のY30とはちょっと違いまして、3ナンバーセダン用のフロントマスクとバンパー、内装はブロアムに交換張替え済みという前オーナー力作のカスタマイズ車でした。
そのうちVR161サファリを購入する事になり、いくらなんでも3台は無理!ということでやはり友人のオヤッサンに譲渡。
ブロックに穴が空いて廃車となったようです。
借金にも目処が立ってきた栃木3年生に、隣町の建築士の友人が「貰ってくれ!」と置いて行ったのが「シビックフェリオEG6事故車修復歴あり?なし?号」です。

大概のボログルマには驚かないワタクシですが、コイツは本当に凄かった!(笑)。
何でも貰ってしまう癖はそろそろ考えようと初めて反省もしてみました(爆)。
結局、車検を取って乗れるまでに動力関係の部品代だけで30万以上(爆)。
同じ程度のSiが買えたかも(笑)。
ボンネットや外装は、前オーナ自らの手による金属バットの巧みな技で修復されておりましたので(笑)、ワタシはヒビの入ったヘッドライトを新品にした程度です。
このクルマで初めてホンダの思想に触れました。室内がヤケに広くてエンジンは小さくコンパクト、しかもパワフルで元気一杯です。
ボディも軽くて燃費もイイとまるで悪いところが無さそうなのですが、軽量化の為に補強の入ってないボディやまるで強度に余裕の無いエンジン、ギリギリの容量のラジエター等々、まるで戦時中のゼロ戦です。
半年ぐらい乗ったら前オーナー宅へ「お戻り」に。
ワタシの手元には修理の為にあったような、そんな奇特なシビックでした(笑)。
〜結婚してお小遣いが激減の氷河期時代(爆)〜
借金の返済が終わり、これでやっと夜もちゃんと寝られる!(笑)、好きなクルマを好きなだけ保有できる!(解体寸前に限りますけど)と思ったのも束の間、 一人の女性がワタシのアパートからなかなか帰ろうとしません(爆)。ふと気が付いたら彼女は戸籍上の妻になっていました(笑)。
若い頃、新車のMR−2にTバーを選んだ時の失敗が脳裏をフトよぎります(爆)。
そんなこんなの1999年世紀末を過ぎ、2000年代となって弐号機Y60と共にあったのがジムニーJB23とエスクードTA02逆輸入(ビターラ)でしたが、奥様のインサイトの頭金にJBはドナドナされ、TA02ビターラはATからの大出血で買い替えを余儀なくされてしまったというハナシは以前にもしました。
暫くはワタシが自由に出来るクルマは弐号機Y60のみ、という状況でしたが、TA02ビターラがダメになったのをキッカケに乗り換えたのが「スバルプレオネスタRG」です。

ちっちゃくて速いクルマに乗りたかったので、当然SC付き64馬力しか眼中にありません。なんと乗り出し170万を越える高額軽自動車でございましたが、外せるようなオプションも無く、ついでにMTも無く、安くなる選択の余地はありませんでした(爆)。
今となっては200万を越える軽も珍しくないですけど、奥様に土下座して当時現金で150万を降ろし「オジサンこれく〜だ〜さいなあ〜」とディーラに行ったのに、「ちっ、足りねえな!」(笑)の事実にちょっとショックでした。
よく出来たCVTとモリモリトルクのSCで外観以上に走ります。
イジリメニュー(爆)はSTIの前後強化サスキットと強化プーリー、足元はRSワタナベの14インチでバッチリ80年代風にキメておりました。
燃費は軽とは思えない10キロ前後でしたけど、この動力性能ならば致し方なしです。当時はガソリンも安かったし(懐!)。
欠点といえば燃料タンクの容量がドラッグマシン並みに少なくて(たった32リッター)、しょっちゅうスタンドに行かねばならなかったことです。
なんと2度も車検を受けて、サファリ以外のワタシのクルマとしては異例の長寿命だったのですが、低すぎた車高のおかげでオイルパンを何度もブツけ、治す度にアルミ製のブロック側がヤバくなってまして、完全にダメになる前に値段が付くうち売ってしまえ(爆)と言う事で、中古車屋に売却。
現在サクシードについている3連メーターは、実はこのプレオの遺品です。
〜番外編〜
結婚する前に奥様が乗っていたクルマ「カローラFX」です。

スゴイ事故を経験している(らしい)痛々しいクルマでした。下回りには溶接で接いだ跡が生々しく、実は全損だったのじゃないかと思える程。
何度アライメントを取ってもちょっと走れば狂ってしまうのですけど、ナゼかハンドルのブレも無く、車体が僅かナナメになりながらでも真っ直ぐ走ってました(笑)。
エンジンは人類の至宝4AG後期、そう、あの5バルブエンジンです。
それをATで乗るというこの贅沢な無駄!(笑)。このオンナには一生掛けてでも説教するしかないなと思いました。
いつ折れるか不安なのでさっさと売っておしまい!と言うことで、ガリ○ーというボディしか見ない買取屋で持って行ってしまいました(爆)。
今思えば、エンジンだけでも抜いてしまえば、と後悔しています。
こういう風に書き出すと、実は自分はヨンクって、「サファリ」と「ジムニー」と「ランクル80(笑)」しか知らないんだなあと改めて気付きます。(TA02はヨンク的な使い方をしませんでした)
もっとも自分的に遊べるヨンクが少ないもの事実ですけど、一生の趣味にしている割には少ないかなあと思います。
でも、イザ買い替えと言ってもダメなんだろうなあ〜。
ファーストカーはまた「サファリ」を買ってしまうような気が多々、するのです(笑)。
ちょっとカジョガキ風にまとめようと思って始めた「組長のクルマ達」でしたが、思いの他長くなってしまいました。
所有の時間長短に限らず皆、思い出の深い一台でしたから。
またこれからもそーいう「クルマ達」を乗ると思いますが、そんな思い出の「屍」(爆)を累々と死ぬまで築いていけたら本望だなあと、クルマバカオジサンは思うのです。
最後まで読んじゃった方、ホントご苦労様でした(笑)。
- 2007/09/15(土) 11:53:32|
- クルマ遍歴(変歴?)
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完読させていただきました。
どれも懐かしい車ばかりです。
4AG搭載のカリーナには激しく反応しました(笑)
憧れましたよ〜GT-TRというグレードが欲しくって欲しくって。
同じく4AG搭載のカローラもありましたね〜。
シトロエンやポルシェまでお乗りとは・・・凄すぎです。
なにせ私もスーパーカー世代ですから。
私は中学生でバイクを覚え、高校生になると同時に車に走りました。
勿論無検挙ですよ(笑)田舎ですからね(^^ゞ
「人生に無駄はナシ」つくづくそう感じました。
- 2007/09/15(土) 21:09:07 |
- URL |
- サファリン #3fP8K/.I
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私があの会社をやめてから、いろいろあったんだねぇ。
びっくりです。
でも、なぜか元気をもらえましたよ。こんなに大変な状況なのに悲壮感が漂ってない(爆)
それがスバラシイ。
- 2007/09/17(月) 16:35:25 |
- URL |
- 山本 #PefwKnF.
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ほんとイロイロありましたけど、ノホホンとしてたら自動的に友人や仲間に助けられてココまでやってこられたか、というカンジです(爆)。
ワタシの人生は多分これ一回コッキリだと思われますので、仕事も遊びも存分に楽しみたいと思ってます、ケド!、仕事はやっぱりドコまでも仕事でツライっす(笑)。
- 2007/09/17(月) 21:46:15 |
- URL |
- くみちょ #-
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